「投げられる」の定義は、臨床と野球現場で違う
こんにちは。C-I Baseball代表の増田です。
今回は、「理学療法士が野球現場に関わる前に知っておきたい、臨床と現場の違い」というテーマでお話ししました。
C-I Baseballの活動をしていると、理学療法士の方から「野球選手に関わるために、何を勉強すればいいですか?」「野球現場に出る前に、何を知っておくべきですか?」と聞かれることがあります。
投球障害の病態や評価、肩や肘へのアプローチ、トレーニングなど、学ぶことはたくさんあります。
ただ、私自身が臨床から野球現場に出た時に感じたのは、臨床で選手を評価できることと、野球現場で選手を支えられることは少し違う、ということでした。
今回の動画では、特に投球復帰をテーマに、臨床と野球現場で何が違うのかを整理しています。
医療機関と野球現場では「投げられる」の意味が違う
私は外来整形外科で勤務した後、大学野球部のトレーナーとして活動してきました。
臨床では、投球障害の選手に対して痛みや可動域、筋出力を評価し、問題となる機能を改善していきます。
痛みが改善し、理学所見が陰性化し、可動域や筋出力が戻れば、シャドーピッチングや短い距離のスローイングを始めます。
医療機関では、この段階を「投げられる状態」と考えることがあります。
一方、野球現場で聞かれることは、もう少し具体的です。
今日は投げられるのか。何球まで投げられるのか。どの距離まで投げられるのか。ブルペンには入れるのか。試合には出られるのか。
つまり、医療機関と野球現場では「投げられる」の定義が違います。
現場では、投げるか投げないかという0か100かの判断だけでは足りません。
「50%程度の強度なら投げられる」「塁間までなら投げられる」「キャッチボールはできるけれど、ブルペンはまだ早い」といった判断が必要になります。
身体機能を評価するだけではなく、その結果を「今、どこまで投げられるのか」につなげることが、野球現場では求められます。
投球開始後に痛みが再発する理由
痛みがなくなり、可動域や筋出力が改善しても、それだけで試合に耐えられる状態になっているとは限りません。
臨床では、40mの距離を強く投げたり、100球を繰り返し投げたりするところまで確認することは難しいと思います。
しかし、野球現場では距離や強度、球数が上がり、日々の練習による疲労も加わります。
そのため、ベッドサイドでは問題がなかった選手でも、投球強度を上げた時や、球数が増えた時に痛みが再発することがあります。
特に確認したいのは、投球後や翌日の変化です。
投球前と比べて可動域が落ちていないか。
筋出力が低下していないか。肩や腕の重さが残っていないか。
球数が増えた時に球速やフォームが変わっていないか。
痛みの有無だけではなく、投球負荷に身体が耐えられているかを見る必要があります。
そのため、投球開始は復帰のゴールではなく、そこから距離、強度、球数を段階的に上げていくスタートになります。
身体機能と投球パフォーマンスの2つで判断する
投球復帰では、大きく2つの側面を確認します。
一つは身体機能です。
痛み、可動域、筋出力、肩甲上腕関節の求心位、肩甲骨や胸郭の機能、代償動作、全身の連動性などを見ていきます。
もう一つは投球パフォーマンスです。
投球距離、球数、強度、球速、疲労度、フォームの再現性、投球後や翌日の反応などを確認します。
理学療法士は、身体機能を評価することに強みがあります。
ただ、現場では、その身体機能でどの程度の投球負荷に耐えられるのかまで考える必要があります。
身体機能に問題がないか。そして、実際の投球負荷に耐えられるか。この2つをつなげて復帰を判断していきます。
投球復帰は段階ごとに見る内容が変わる
動画では、投球復帰をフェーズ0から4に分けて説明しています。
フェーズ0は投球開始前です。
痛み、可動域、腱板の筋出力、肩甲骨の位置や機能、肩甲上腕関節の求心位など、まずは局所の状態を整えます。
ここでは、可動域があるだけではなく、その範囲の中で筋出力を発揮できるかも確認します。
短縮位や伸張位で力が入らない状態では、投球時の負荷に対応できない可能性があります。
フェーズ1では、シャドーピッチングや5〜10m程度のネットスローを行います。
肩関節の動きに対して、肩甲骨や胸郭が連動しているかを確認します。また、投球後に痛みだけでなく、可動域や筋出力の低下が出ていないかも見ていきます。
フェーズ2では、10〜30m程度まで距離を伸ばします。
距離が伸びると、肩だけではなく、胸郭や体幹から上肢への運動連鎖が必要になります。腕の遅れや肘下がりなど、距離を伸ばしたことで出てくる動作の変化も確認します。
フェーズ3では、対角線距離まで伸ばし、投球強度も上げていきます。
下肢から体幹、上肢への連動性、高速度での外旋から内旋への切り返し、投球後のブレーキング機能が必要になります。
現場で見ていると、この70%前後の投球強度で痛みが再発したり、投球後に筋出力が大きく落ちたりする選手がいます。
この段階をクリアできるかは、実戦復帰に進む上で大きなポイントになります。
フェーズ4は実戦復帰です。
ここでは、一球投げられるかではなく、繰り返しの投球負荷に耐えられるかを見ます。
投球前、投球中、投球後、翌日まで確認し、球数が増えてもフォームや球速が大きく変わらないか、翌日までに身体機能が回復しているかを確認します。
フェーズが進むごとに、局所から全身へ、低負荷から高負荷へ、低速から高速度へと見る範囲を広げていきます。
評価した結果を、投球許容量につなげる
野球現場では、身体を評価して終わりではありません。
評価によって身体の状態を把握し、その状態でどこまで投げられるのかを判断し、選手や指導者へ伝える必要があります。
例えば、前日にブルペンへ入った選手の可動域や筋出力が、翌日になっても戻っていなかったとします。
その場合は、「昨日の投球後から、まだ可動域と筋出力が回復していません。今日はブルペンを避けて、1日空けてからもう一度確認しましょう」と伝えることができます。
感覚だけで投球を止めるのではなく、評価結果をもとに説明する。
ここは、選手の安全だけではなく、指導者との信頼関係をつくる上でも重要です。
数値を見る時は、左右差だけではなく、投球前後の変化を見ることも大切です。普段は投球後にどのくらい可動域や筋出力が落ちるのか。翌日にはどの程度戻るのか。
日頃から記録しておくことで、その選手にとっての許容範囲が分かってきます。
大会の時だけ測るのではなく、練習やブルペン後の状態も継続して確認しておくことが、現場での判断につながります。
現場によって理学療法士の役割は変わる
動画の最後には、他職種との役割分担についてもお話ししています。
チームドクター、理学療法士、アスレティックトレーナー、S&Cコーチがいる現場では、それぞれの専門領域を理解し、必要なタイミングでバトンパスをしていきます。
一方、アマチュア野球では、現場にトレーナーがいなかったり、理学療法士が一人で試合復帰まで対応しなければならなかったりすることもあります。
現場の環境によって、自分が担う役割は変わります。
大切なのは、自分一人で全てを抱え込むことではなく、その現場で自分が何をするべきかを理解することです。
必要であれば医療機関や他の専門職と連携し、選手にとってより良い選択をしていく必要があります。
投球開始の先まで考える
今回の動画では、臨床と野球現場における「投げられる」の違いから、身体機能と投球パフォーマンスの見方、段階的な投球復帰、進行・中止の判断、指導者への伝え方までをお話ししています。
痛みや可動域、筋出力が改善した後も、投球距離や強度、球数が上がれば、再び症状が出ることがあります。
そのため、投球を開始した後も、身体機能の変化や疲労、フォーム、翌日の状態を確認しながら進めていく必要があります。
投球開始までではなく、試合復帰、その後の再発予防まで考える。
今回の動画が、日々の臨床や野球現場で選手に関わる上で、一つの参考になればと思います。
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