投球障害肩から復帰後のトレーニング・再発予防の身体作り【トレーナーマニュアル4】

C-I baseballの投球障害肩から競技復帰後のトレーニング・再発予防の身体作りを担当します高橋塁です。


日々、野球を中心にスポーツの現場で、トレーニング、コンディショニング、技術指導を行っています。


私自身が、日々のスポーツ現場での経験をもとに、障害をいかに防ぎ、かつ再発せず、パフォーマンスアップできるかをお伝えし、医療機関とスポーツの現場との連携をいかにスムースにできるかをわかりやすく発信していきたいと思います。

まずは、このシリーズでの先述の

小林弘幸さん(病態・動作)
須藤慶士さん(評価・改善法)
佐藤康さん(肩関節トレーニング)
増田稜輔さん(投球復帰プログラム)

の記事を参照、総括しながら、再発予防の身体作りについてつなげていきたいと思います。

投球障害肩の病態と原因

メジャーな5つの病態
・腱板損傷
・肩峰下インピンジメント
・インターナル(関節内)インピンジメント
・SLAP(上方関節唇)損傷
・Little Leaguer’s Shoulder


上記5つの病態について詳細に解説していきたいと思います。

①腱板損傷


投球障害肩による腱板損傷症例では、
疼痛を発症するタイミングがCocking とAcceleration phaseで91%を占めるとされています。

報告によりまちまちですが、
症状がなく腱板損傷(病変)を生じているプロ野球選手は40~70%程度いるとされています。
腱板損傷は棘上筋、棘下筋の境界に生じ、関節面の不全断裂がほとんどです。

腱板損傷の要因は関節内インピンジメントが大きく関与しているのではないかと考えれ、症状は断裂サイズに依存している。

原因としては、棘上筋大結節付着部の関節面の脆弱性、肩関節外転外旋位で腱板に圧迫が生じることと、繰り返しの投球動作が原因と考えられる。

この3つの特徴から腱板損傷が生じるのではないかと考えられます。

腱板損傷の分類 (小林弘幸氏NOTE参照)は腱板損傷(断裂)の分類としては、基本的にMRIで診断します。

小林⑩

腱板損傷の治療方針としてはオーバーヘッドアスリートの腱板損傷は、基本的に保存療法が望ましいと考えます。

小林⑨


いかに投球フォームが良くても、腱板損傷のリスクは常に生じてしまうということを念頭に入れなければいけないと考えます。

腱板への負担を集中させないために、肩甲帯の機能で補うことも必要。

肩甲帯の機能が改善し、腱板由来の疼痛が減少すれば、損傷があっても復帰することは可能になると考えます。

小林④

②肩峰下インピンジメント

インピンジメント症候群は、肩関節運動時に骨や軟部組織に衝突を繰り返すことによる病変の総称です。

大きく、関節外病変と関節内病変とで分けられます。関節外病変でも肩峰下と烏口下病変に分けられます。

小林⑤

肩峰下インピンジメントの定義は

上腕骨大結節の棘上筋腱付着部が肩関節挙上時に烏口肩峰アーチを通過する際に機械的圧迫を生じること

とされています。

その機械的圧迫が肩峰下に様々な病変をもたらします。

小林⑥

投球障害肩では、レントゲンで写るような石灰沈着性腱炎や大結節骨折変形治癒などは稀で、腱板損傷やSLAP損傷など、MRIやエコーで観察できるものがほとんどであると思います。

肩峰下インピンジメントの分類として構造的因子と機能的因子があげられ、機能的因子は保存療法の絶対適応となります。

構造的因子でも、機能的因子と重複して存在することが多く、機能的因子が改善していくことにより手術に至らないケースも多くあります。

小林⑦

構造的因子、機能的因子どちらにしても第一選択としては保存療法が選択されることが多いです。

小林⑧

治療方針としては、インピンジメントを生じている原因としての構造的因子と機能的因子の解消を目的とすることは変わりありません。

小林⑪

③インターナルインピンジメント


インターナルインピンジメントとは、関節内のインピンジメントです。投球障害に関していえばインピンジメント症候群のほとんどは、インターナルインピンジメントであると報告されています。

上腕骨頭の異常な偏位がインターナルインピンジメントを誘発するとされています。

小林⑫


後上方関節内インターナルインピンジメント(PSI)の最大のリスクファクターは前方関節包の緩み、水平外転角度の増大、後方関節包(棘下筋)のタイトネスが考えられる。

小林⑬

前上方関節内インターナルインピンジメント(ASI)はSGHLの弛緩、LHBの弛緩、SSCの損傷による前方組織の緩みが原因で生じるとされている。

小林⑭


肩峰下インピンジメントと同様に構造的要因と機能的要因の両者とも考えられますが、やはり治療方針の第一選択は保存療法です。

小林⑮
小林⑯

3か月保存療法に抵抗した症例は手術の適応とされているものが多いですが、一貫した基準はありません。

投球障害肩のインピンジメントは、関節内で生じていることが多いというのを理解して、治療方針を立てるための評価が重要であると思います。

PSI、ASIともに病態としてはインターナルインピンジメントで前方への骨頭偏位が病態と関係あるとされていますが、治療方針が逆になることもあります。(肩甲骨の後傾と前傾)

小林⑰

④SLAP損傷

SLAP損傷とは上方関節唇の前方から後方にかけての損傷である。そしてその発生機序については、外傷性と非外傷性とに分類できます。

投球障害肩に関していえば、非外傷性がほとんどであると考えられています。

小林⑱

投球動作においては、Peel-back mechanismでの関節唇損傷が最も生じやすいのではないかと考えます。


Peel-back mechanismとは、

GHjtを外転外旋位にしたときにLHBが後上方に捻じられて、上関節唇を牽引し離開させるメカニズムのことを指します。


このPeel-back mechanismの原因は後下関節上腕靭帯(PIGHL)を含めた、後下方組織のタイトネスが原因だと考えられています。

後下方の組織が硬くなることにより、外転外旋時に上腕骨頭が後上方へと偏位させられます。偏位することによりLHBが牽引されて上方関節唇が離開してしまうという機序です。

SLAP損傷とPSIによる腱板損傷が病態として合併しやすいということが良くわかります。

SLAP損傷の分類

腱板損傷図


SLAP損傷はタイプが4つに分類できます。投球障害肩に最も多いのは、Type:Ⅱだというように言われています。

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投球障害肩の段階的復帰プログラム【トレーナーマニュアル3】

C-I Baseballの増田稜輔です。
障害からの復帰プログラム
を担当させて頂きます。

医療機関と野球現場に勤務しているので
リハビリ→アスレティックリハビリ→競技復帰
までのトータルサポート方法を
お伝えしていきます。

医療機関と野球現場をつなげられるような
内容を発信していきますのでよろしくお願いします。

投球障害は休んでいても治りません

投球障害からの復帰には、原因となっているものを改善していく必要があります。

原因を改善せずに復帰すると、再度障害を引き起こす可能性があります。

投球障害から復帰する場合には、手順を踏むことが大切です

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今回は、投球障害肩の競技復帰までの
段階的なアプローチをお伝えします。

投球障害肩の段階的復帰プログラムとは

「痛みがない=全力投球OK」ではないです。

投球障害からの復帰には約4-8週間かけて段階的に復帰していく必要があります。

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なぜ段階的に復帰が必要なのか

投球障害は勝手に治らないからです。

なぜなら、

障害を起こした原因が改善しないかぎり、投げればまた痛くなる悪循環を形成します。

投球障害からの復帰には原因となっているものを改善していく必要があります。

では、どのようなことが原因となるのでしょうか。

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投球側は非投球側と比較し内旋筋力が強く外旋筋力が弱い

林田賢治:高校野球選手の肩内外旋筋力と投球動作の関係:肩関節2005;29巻 第3号:651-654

肩甲骨後傾運動が減少することで肩甲上腕関節外旋角度の割合が大きくなり
ストレスが増大する。

宮下浩二:投球動作の肩最大外旋角度に対する肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節および胸椎の貢献度:体力科学,(2009)58,379-386

inner muscle、僧帽筋下部線維は投球側で非投球側に比べて有意に低下していた。

川井謙太郎:投球障害肩症例における投球側と非投球側の肩関節機能の違い:理学療法科学 32(1):39–43,2017
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投球肩障害の93%に投球動作の問題があった。

岩堀裕介:投球障害肩に対する投球フォーム矯正を中心とした保存療法の効果.肩関節 2000;24;377-382

過剰な水平外転は投球障害の一要となり得る。

宮西智久:野球の投球動作におけるボール速度に対する体幹および投球腕の貢献度に関する3次元的研究:体育学研究41:23-37、1996

投球障害の原因となる代表的な投球動作である「肘下がり」は、後期コッキング期から加速期における肩関節外転角度の減少に関連している。

井尻朋人:投球の早期コッキング期における胸椎後彎角度と肩関節外転角度の関係:第42回日本理学療法学術大会:Vol.34 Suppl. No.2
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野球の投球障害において、過度の投球回数や不適切な準備や投球動作により腱板筋が疲労し、
あるいは炎症を起こして拘縮しその協調した収縮が妨げられる。
その頻度が組織の修復するスピードを上回れば複合体に障害が蓄積しオーバーユースによる不安定症が発生する。

林田賢治:投球障害肩の臨床診断.臨床スポーツ医学,1996,13(2) 137-146.

投球動作を90回繰り返すことにより肩関節内旋可動域が減少した。

柳澤修:高校生投手の投球数増加が身体機能に及ぼす影響ーいわゆる100球肩の検証ー:臨床スポーツ医学,2000,17(6):735-739

腱板筋力の疲労により上腕骨頭の上方移動が生じる。

Chen SK, et al.: Radiographic evaluation of glenohumeral kinematics: a muscle fatigue model. J Shoulder Elbow Surg, 1999; 8:49-52.

上記のように投球障害肩は

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・身体部位の機能低下
・動作不良
・投球過多による筋の疲労

などの原因により身体運動連鎖が破綻し、特定部位に過剰な負荷が加わることで引き起こされます。

特にアマチュア選手は、
身体機能や動作スキルの未熟さ
毎日行われる練習
により
投球障害リスクは高いと考えています。

3つの要素の割合は選手によってさまざまですが問題点を解決せずに投球動作を開始すると、
再び障害を引き起こし悪循環を形成します。

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投球復帰後に問題になるのが、

「思い切り投げると痛い」
「投球数が増えると違和感が出てくる」
「昨日は痛くなかったけど今日は痛い」

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筋が投球負荷に耐えられなくなり、
肩関節機能低下・動作不良を引き起こし、痛みを発生させてしまいます。

そのため、復帰に向けては、
機能・動作スキルの向上も必要ですが、

段階的に投球強度を上げていき、筋の耐久性を再構築していくことが必要であり、
スローイングプログラムが重要になると考えています。

投球障害肩の投球開始基準

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投球開始には障害部位の疼痛の有無や
周囲の機能の改善が必要になります。
局所の関節内、筋、靭帯などの状態は
現場での評価では正確に把握することが困難です。

医療機関を受診し投球可能な状態であるかを判断してもらうことはとても重要です。

特に高校生以下の選手では、その後の野球人生を左右することもあるので必ず医療機関からの投球開始許可後に投球を開始するようにしましょう。

医療機関での投球開始項目
・障害部位の状態 →エコーやX-PのDr.所見
・障害部位の機能 →Special test 身体所見
最低限上記が改善していることが復帰の目安になります。

医療機関から許可後 

「はい、投げていいですよ」

ではなく、

現場にいるトレーナーとしても投球開始許可が出た選手への評価は必要であり、
選手の身体状況を自らの目で把握した上で投球開始を許可します。

野球現場での投球開始項目
柔軟性 局所状態 腱板機能を評価します。
・CAT
・HFT
・HERT
・腱板機能評価
・各病態のspecial test

柔軟性評価

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腱板機能評価

以上の肩関節の評価をクリアできれば、段階的なスローイングプログラムを開始していきます。

段階的スローイングプログラム

投球開始を許可されると、いきなり100%以上の力で投げてる選手やどのくらい投げていいのかわからない選手がいます。

「徐々に投げていいよ・・・・」
「痛くならないくらいで投げて・・・」

 
曖昧な表現で選手に伝えてしまうと、疼痛が再発するケースや投球強度が上がってない状態で試合に参加する選手がいます。

投球障害からの復帰には、身体機能+動作に合わせて、
最適な強度で進めていかないと再発するリスクが高まってしまいます。

トレーナーは選手に対して具体的なプログラムを提示し100%に近い状態で試合へ復帰させることが役割です。

トレーナーが選手へ伝えるべきこと
・どのくらいの期間で復帰できるのか
・現在どのくらい投げていいのか(距離球数)
・どんなトレーニングをするべきか

投球障害は繰り返し発症することも多いので、再発を防ぐ意味でも、現状、今後の復帰の流れをトレーナーから伝えることは選手との信頼関係を作るためにも大切な部分です。
選手の理解を得てからスローイングプログラムを開始していきましょう。

スローイングプログラム

スローイングプログラムは、4つのPhase 3つのstepで進めていきます。
投球距離・投球強度・投球数を段階的に向上させていきます。

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選手の状態により投球数や投球間隔は変更していきますが基本的には
急に強度が上がらないよう注意をしプログラムを組むのが良いと思います。

下記のプログラムを参考にすると
復帰までは約48日程度かかります。
投球開始時の状態が良い選手でも最低30日程度かけてプログラムを組んでいきます。

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スローイングプログラムの進め方

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投球障害肩に対するトレーニング【トレーナーマニュアル2】

C-I Baseballトレーナーマニュアルの「トレーニング‐メディカルリハビリテーション‐」を担当する佐藤康です。

私はこのマガジンで「トレーニング」を担当します。
トレーニングは、ケガをしてから復帰にかけて行います。

その中で、メディカルリハビリテーションを中心にアスレティックリハビリテーションへの移行期までの関わりについてお伝えしたいと思います。
(下図:水色部分)

メディカルリハビリテーションの位置づけとして、投球やスローイングプログラム開始までの期間であると捉えています。

投球動作における肩関節機能

はじめに、投球動作(phase)ごとに求められる肩関節機能についてまとめていきます。これまでのマガジン内にphaseの解説がされてますが、各phaseのポイントとなる点をここでおさらいしていきます。

Early-cocking - Late-cocking

テイクバック~TOPと表す動作のphaseです。
ここでの動きの障害予防のための役割として、

両肩と肘がなす「肩-肩-肘ライン」が
前額面・水平面上で直線的に作れている
TOPポジション

が肩関節のストレスを軽減させると考えています。

機能として、
肩関節伸展-内旋可動性・外転90°までの内旋を詳細に確認しています。

反対に肩伸展・内旋制限により、代償的に水平伸展が増大した動きをすることで、肩関節前方へのストレスをかけてしまい、肩前方を痛める投球フォームにつながる原因となりやすいphaseです。

Case. 肩峰下インピンジメントやインターナルインピンジメント

骨頭の異常運動
インピンジメント
腱板・肩甲帯の安定性

は確認しておきたい要素です。

Late-cocking - Acceleration

MERと表す肩関節の最大外旋したphaseです。

投球動作中の肩外旋角度の最大値は約145°
内訳として肩甲上腕関節の角度は約105°・肩甲骨後傾+胸椎伸展が約40°

と報告されています。

宮下浩二:体力学,58,2009

このphaseでは肩外転・外旋可動域を十分に獲得し、肩甲骨外旋・水平外転での関節安定性を含めた機能が必要であると考えています。

投球側の肩が十分に上がりきらず、ゼロポジションとならないまま加速してしまうと、肩前方部分や肘内側を痛める原因となりやすいです。

Case.
インターナルインピンジメント、SLAP損傷、腱板損傷など

肩外転/外旋時のインピンジメント
肩甲骨外旋可動性
腱板・肩甲帯の安定性

を確認しておきます。

Acceleration

野球肩において痛みを訴えることが多い場面であることも特徴です。

痛みも含めて、Accelerationではここまでの動きの結果であるため、このphaseの動きが問題となることは多くはありません。

しかし、可動性の低下・関節安定性の低下、股関節の回旋可動性低下などがあると、肩関節のストレスを強める要因となります。

ゼロポジション+挙上での肩甲骨外旋可動性
外転/外旋位・屈曲/外旋での腱板・肩甲帯の安定性

は確認しておきたい要素です。

Follow-through

フォロースルーにおける腱板筋群の負荷を分析した報告より、

投球動作の繰り返しにより小円筋の負荷が最も大きい

DiGiovine NMJSES1 1995

棘下筋や三角筋後部線維と比較して投球動作の反復による負荷が大きく、結果として、硬くなりやすいことが推察できます。

屈曲/内旋位でのインピンジメント
3rd positionでの腱板・肩甲帯の安定性

は確認しておきたい要素です。

まとめ

ここまでの流れをおさらいします。

投球障害を考慮した各phaseに求められる機能として、一覧をまとめます。

図内以外の要素につきましても、詳細に分析するためには評価する必要がありますが、各phaseに求められる機能をポイントとしてまとめました。

トレーニングの構成

投球障害肩に共通してみられやすい機能障害や動作のエラーをもとに、肩の機能を改善していきます。以下の順序で主に肩関節のトレーニングを進めています。

可動性

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