投球障害肩に潜む「不安定性」を見抜く— 評価とリハビリテーションの視点から【トレーナーマニュアルvol.207】

投球障害肩に潜む「不安定性」を見抜く— 評価とリハビリテーションの視点から【トレーナーマニュアルvol.207】

はじめに

投球動作は、肩関節にとって非常に高い可動域と爆発的なスピード、そして再現性が求められる特殊な運動です。

肩の痛みを訴える野球選手の多くが、「腱板炎」「関節唇損傷」「インピンジメント」といった明確な構造的病変がなくとも、違和感や痛みを訴えるケースがあります。

こうした背景には、
“肩の機能的な不安定性”が隠れている場合が少なくありません。

再現性がはっきりしないような症状。このような症状には不安定性が隠れていることが多いと考えています。

病態と症状が同じにならないということは以前から報告されています。

病態がある方といって、症状があるとは限らないのです。

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明らかな既往障害のない14名の投手の非投球側含めた28肩中、79%に関節唇の異常所見が認められた。

※Miniaci A, et al.: Magnetic Resonance Imaging of the Shoulder in Asymptomatic Professional Baseball Pitchers. Am J Sports Med, 30(1): 66-73, 2002

本稿では、投球障害肩の「不安定性」に着目し、その評価と治療アプローチをエビデンスベースで記載、整理していきます。

「肩の不安定性」とは何か?

肩関節の不安定性とは、肩甲骨の関節窩に対して上腕骨頭の位置保持がうまくいかず、動作中に「ズレる」「抜けそうになる」といった感覚が生じる状態を指します。

もしくは自覚症状が全くないものの、肩関節の不安定性があることから、肩関節内で骨や軟部組織がぶつかりメカニカルストレスが生じてしまうことで肩関節内の症状を誘発してしまうことがあります。

いわゆる、肩甲上腕関節の求心位が逸脱してしまうということです。

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外傷による明確な脱臼や関節唇損傷を伴うケースとは異なり、投球動作の繰り返しで徐々に関節包や靱帯が伸び、“マイクロインスタビリティ(micro instability)”という軽度な不安定性が生じるパターンが多く見られます。これは、特にコッキング期〜加速期にかけての最大外旋位において、肩関節前方に過剰な剪断力が加わることによって誘発されます。

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マイクロインスタビリティを起因とした病態として、関節内インピンジメントである、”後上方インピンジメント(PSI)”が挙げられます。

PSIの病態として、上腕骨頭が前方へ変位してしまい、後方の関節部分で衝突してしまい、後方の軟部組織を痛めてしまうという病態に繋がります。

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※ Walch G.,et al.: Impingement of the deep surface of the supraspinatus tendon on the posterosuperior glenoid rim: An arthroscopic study. J Shoulder Elbow Surg, 1992; 1: 238-245. 参考に引用作図

一見、肩の可動域は広く、筋力も保たれているように見えるものの、「投げると痛い」「肩が抜けそう」といった訴えが出るのが
肩の不安定を起因として病態の特徴です。

野球選手特有の肩の”緩さ”とは?

オーバーヘッド選手、特に野球選手における肩の緩さは数多く報告されています。

投球動作における肩関節のmicro instability(微細不安定性)は、主に外転・外旋の反復ストレスにより前関節包や靭帯が伸張されることで生じる後天的な現象です。

この理論はJobeらによって提唱され、特に野球選手のようなオーバーヘッドアスリートで顕著に観察されます。

以下では、このメカニズムを解剖学的・生物力学的観点から整理し、関連研究を基に補足します。

投球アスリートにおける前方型肩関節不安定性は、治療上の大きな課題である。

※Jobe FW, et al.: Am J Sports Med. 1991

前方の亜脱臼は、前方の弛緩性が多く報告されていますが、
そのほとんどが、2nd肢位での”外旋”の可動域増大のことを指しています。
緩さ=外旋ROMということです。
緩さ≠関節の前後移動量ではないということです。

外旋可動域増加と前方の関節包の伸張が関与。

※Grossman MG, et al.: J Bone Joint Surg Am. 2005
※Warner JJ, et al.: Am J Sports Med. 1990
※Mihata T, et al.: Am J Sports Med. 2004

野球選手における外旋可動域の増加( 5~12°増加)

※Crockett HC, et al.: Am J Sports Med. 2002
※Borsa PA, et al.: Am J Sports Med. 2005
※Borsa PA, et al.: Med Sci Sports Exerc. 2006
※Brown LP, et al.: Am J Sports Med 1988

これは外旋ROMの増大は後捻角の問題もあります。
野球選手は上腕骨頭の後捻角が大きく、外旋可動域の相対的に肩関節外旋角度が大きくなります。

野球選手において上腕骨頭後捻角は右投手左投手関係なく、右側の方が後捻角が大きい

※Takenaga T, et al.: J Shoulder Elbow Surg. 2017 Dec;26(12):2187-2192.

では、野球選手における外旋可動域の増大は、何が原因で生じているのでしょうか?

野球選手における外旋可動域拡大の要因

野球選手における肩関節の外旋可動域拡大の要因は、主に骨性の適応(上腕骨の後捻増加)と軟部組織の変化に分類され、これらが相互に影響し合うとされています。

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