投球障害における尺骨神経障害をどう診るか ― 動的評価とリハビリテーション戦略 ―

投球障害における尺骨神経障害をどう診るか ― 動的評価とリハビリテーション戦略 ―

1. はじめに

肘内側痛=UCL だけで説明できない選手たち

野球選手の投球障害において、「肘内側痛」は極めて頻繁に遭遇する症状です。
臨床現場ではまず UCL(内側側副靱帯)損傷が疑われ、MRI やストレステストをもとに評価・治療が進められることが多くみられます。

しかし実際には、

  • 明らかな UCL 断裂は認められない
  • 保存療法で一時的に改善しても、投球再開で再燃する
  • 球数や強度が増えると症状が出現する
  • 痛みだけでなく、前腕尺側や小指・環指の違和感を訴える

といった、UCL だけでは説明しきれない症例が少なからず存在します。

こうした症例の背景に潜んでいる可能性の一つが、尺骨神経障害であると思っています。

本稿では、私たちが報告した論文(PMID: 41333486)を基に、
投球障害における尺骨神経障害の病態、評価、そして理学療法・トレーナーとしてのアプローチについて整理したいと思っています。

Ultrasound-Guided Physiotherapy for Symptomatic Ulnar Nerve Dislocation in a Collegiate Baseball Pitcher: A Case Report – PubMed


投球障害と尺骨神経障害

尺骨神経の解剖学的特徴

尺骨神経は、上腕骨内側上顆の後方を走行し、肘部管を通過して前腕へと向かいます。
この部位は骨性構造・靱帯・筋群に囲まれており、肘屈伸に伴い神経の位置関係が大きく変化するという特徴をもちます。

伸展:尺骨神経は蛇行している。
屈曲:尺骨神経は直線的になる。肘部管は円形から楕円形へ変形し、内側上顆付近では脂肪が減少する。

Patel VV, Heidenreich FP Jr, Bindra RR, Yamaguchi K, Gelberman RH. Morphologic changes in the ulnar nerve at the elbow with flexion and extension: a magnetic resonance imaging study with 3-dimensional reconstruction. J Shoulder Elbow Surg. 1998 Jul-Aug;7(4):368-74. doi: 10.1016/s1058-2746(98)90025-8. PMID: 9752646.

図で示すと下記のようになります。

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そもそも、肘関節屈曲位で構造的に負担がかかりやすい構造になっています。

特に投球動作では、

  • late cocking 期から acceleration 期にかけて
  • 肘外反ストレスが最大となり
  • 内側構造に大きな張力が加わる

上記のため、この際、尺骨神経は
牽引・圧迫・摩擦といった複数のストレスを同時に受けることになります。

尺骨神経障害の主な病態

投球障害に関連する尺骨神経障害は、単一の病態ではありません。

  • 神経炎(neuritis)
  • 肘部管での絞扼(entrapment)
  • 肘屈伸に伴う亜脱臼・脱臼(subluxation / dislocation)

特に重要なのが、動作に伴って症状が出現する「動的な不安定性」であると考えています。

特に、肘関節屈曲伸展に伴う尺骨神経の脱臼が観察され、
症状が誘発される場合は、神経由来の症状が疑われます。

https://youtube.com/watch?v=gUtwUG96wHM%3Frel%3D0

肘関節屈曲伸展時に、尺骨神経が脱臼する様子が観察できる。

Kobayashi H, Kawabata M, Wagatsuma K, Miwa T, Iwamoto W. Ultrasound-Guided Physiotherapy for Symptomatic Ulnar Nerve Dislocation in a Collegiate Baseball Pitcher: A Case Report. Cureus. 2025 Nov 1;17(11):e95903. doi: 10.7759/cureus.95903. PMID: 41333486; PMCID: PMC12668572.

尺骨神経の症状がある場合は、Tinelサインも陽性になることや、筋力低下が生じます。

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筋力低下が長期間続くと、小指外転筋の萎縮も見られます。

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※Topp KS, et al.: Phys Ther. 2006

どこで絞扼をしているかがわかったら、その神経周囲を徒手療法して筋力の改善を図ります。

ただし、尺骨神経の脱臼は、症状がなくてもよく観察されます。

少年野球(10-12才)では尺骨神経の脱臼や亜脱臼が約31.6%で観察された。

Kawabata M, Miyata T, Tatsuki H, Naoi D, Ashihara M, Miyatake K, Kusaba Y, Watanabe D, Matsuzaki M, Suzuki Y, Kamiya K. Ultrasonographic prevalence of ulnar nerve displacement at the elbow in young baseball players. PM R. 2022 Aug;14(8):955-962. doi: 10.1002/pmrj.12658. Epub 2021 Jul 22. PMID: 34156768.

大学野球選手では尺骨神経の脱臼や亜脱臼が約83-84%で観察された。

Tsukada K, Yasui Y, Sasahara J, Okawa Y, Nakagawa T, Kawano H, Miyamoto W. Ulnar Nerve Dislocation and Subluxation from the Cubital Tunnel Are Common in College Athletes. J Clin Med. 2021 Jul 15;10(14):3131. doi: 10.3390/jcm10143131. PMID: 34300295; PMCID: PMC8304120.

プロ野球選手では尺骨神経の脱臼や亜脱臼が約38.5%で観察された。

Looney AM, Day HK, Reddy MP, Paul RW, Nazarian LN, Cohen SB. Prevalence of bilateral ulnar nerve subluxation among professional baseball pitchers. J Shoulder Elbow Surg. 2024 Mar;33(3):550-555. doi: 10.1016/j.jse.2023.09.025. Epub 2023 Oct 27. PMID: 37890764.

あくまで尺骨神経脱臼や亜脱臼は所見であって、
症状や病態と結びついているわけではないということを理解していただきたいです。

この考え方は尺骨神経脱臼だけではなく、
投球障害すべてに共通している考え方だと感じています。

肘外反ストレスによる、肘関節自体の不安定性も、尺骨神経の症状を増強します。

肘関節自体の不安定性については、以下の記事も参考ください。

https://c-ibaseball.com/trainer-manual/181

肘関節や尺骨神経の不安定性に関しては安静時や伸展位では問題がなくても、
肘屈曲位や投球動作で初めて症状が顕在化するため、
静的な画像検査だけでは見逃されやすいと考えています。

肘関節自体の不安定性とはどのように見えるでしょうか?

エコーで見れると、上記のように関節裂隙が開いている様子がわかります。

どれくらい関節裂隙が拡大すれば、不安定性ということが言えるのか?
下記のように左右差で比較するところが必要です。

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※伊藤恵康ほか:整・災外. 2003

臨床でどう疑うか

尺骨神経障害を示唆するサイン

問診でのポイント

尺骨神経障害を疑うためには、
まず、問診が極めて重要であると考えています。

  • 投球中または投球後に肘内側の違和感・痛みが出現する
  • 球数が増えると症状が強くなる
  • 前腕尺側、小指・環指にしびれや違和感を伴う
  • ウォームアップでは問題ないが、後半で症状が出る

これらは 神経由来症状を示唆する重要な情報でありますが、
神経症状だとわかりやすい症状です。

一番大切なのは、理学所見での症状があるかないかです。

理学所見でのチェックポイント

  • 肘屈曲位保持による症状誘発
  • 肘屈伸時の snapping sensation(引っかかり感)

★各絞扼好発部位での Tinel sign
★上腕三頭筋内側頭の筋出力低下
★小指外転筋や虫様筋、掌側骨間筋の筋出力低下

これらの所見は必ずしも明確とは限らず、
「なんとなく違和感がある」レベルに留まることも多いので、
身体所見で確実に神経由来のものなのかをあぶりだしていく必要があると考えます。


★各絞扼好発部位での Tinel sign~エコーでの見え方~

それぞれの部位がエコーでどのように診れるかを示していきます。

ここから先は有料部分です

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Edie Benedito Caetano et al, : The arcade of Struthers: an anatomical study and clinical implications, Rev Bras Ortop. 2017 May-Jun; 52(3): 331–336. を参考に
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★上腕三頭筋内側頭の筋出力低下

どの肢位での筋力評価が上腕三頭筋内側頭の評価になるでしょうか?

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★小指外転筋や虫様筋、掌側骨間筋の筋出力低下

筋力評価で観察します。


超音波による尺骨神経評価

なぜエコーなのか;静的画像の限界

MRI は優れた検査だが、基本的には静止画像であるし、コストや時間もかかる。

そのため、

  • 肘屈伸に伴う神経の移動
  • 投球動作に近い肢位での変化
  • その場での評価

といった 「動き」や「その場」での評価することは難しいと考えています。

超音波の最大の利点

運動器超音波は、

  • リアルタイムで観察できる
  • 肘屈伸に伴う神経の挙動を評価できる
  • 健側との比較が容易
  • 臨床所見とその場で照合できる
  • 正確な圧痛やTinel所見が取れる

という点で、尺骨神経障害の評価に極めて有用であると考えています。


論文(PMID: 41333486)で示された評価の考え方

私たちの報告では、
肘屈伸運動中の尺骨神経の動態に着目し、動的超音波評価を行った。

評価のポイントは以下である。

  • 肘伸展位から屈曲位にかけての神経の移動様式
  • 尺骨神経が内側上顆を越えるかどうか
  • 神経の位置の不安定性
  • 健側との明確な差異

症候性を示す例では、

  • 神経の逸脱や不安定な動き
  • 肘屈曲に伴う神経の急激な位置変化

が認められ、
動的評価によって初めて病態が明確になるケースが多かった。

これは、「肘内側痛」という症状の背景に
神経の動的ストレスが関与している可能性を示唆するものであります。


評価から導くアプローチ

尺骨神経“だけ”を診ない。アプローチの基本的な考え方

尺骨神経障害に対する介入で重要なのは、
神経そのものだけに注目しすぎないことである。

問題となっているのは、

  • 神経を取り巻く支持組織
  • 肘関節の安定性
  • 投球動作全体の力学的負荷

であり、これらを統合的に捉える必要があります。


理学療法・トレーナーとしての具体的介入

① 肘周囲へのアプローチ(詳しく)

  • 前腕屈筋群の過緊張の調整
  • 肘屈曲位での過度な神経圧迫を避けた運動
  • ★神経滑走性を意識したエクササイズ

ここで重要なのは、
神経を強く引き伸ばすような介入を安易に行わないことであります。

症候性の神経に対して過度なストレッチは、
かえって症状を増悪させる可能性があります。

直接的介入は神経周囲の組織の動きを引き出すこと。
もしくは神経のスライダーという手技を用いて行います。

尺骨神経の肘部管の周囲には、3層構造が存在します。
この ”筋筋膜性3層支帯”(the myofascial trilaminar retinaculum:MTR) とよばれているものは、滑走性が重要であるといわれています。

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MTRの模式図

★神経滑走性を意識したエクササイズ

そこで、MTRの各組織間が離れるような徒手操作をします。

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図3:肘部管における超音波ガイド下スキンピンチ牽引テクニック 超音波ガイド下に肘部管を描出し、MTR の動きが確認されるまで軟部組織に牽引を加えた。
(a) 肘部管におけるプローブ位置。
(b) エコーガイド下による手技の全体像。
(c) プローブを用いずに肘部管でのスキンピンチを示したデモンストレーション。
(d) MTR の変位が得られるまでスキン牽引を行っている様子を示す。
Kobayashi H, et al.: Cureus. 2025 Nov 1;17(11):e95903. より引用

肘部管における超音波ガイド下スキンピンチ牽引
神経周囲の可動性を改善する目的で、MTRの動きが確認されるまで、皮膚牽引(スキンピンチ)を加えた。

Kobayashi H, et al.: Cureus. 2025 Nov 1;17(11):e95903. より引用

また、
神経の滑走性改善にスライダーテクニックというものを用います。
尺骨神経に対しては、過去に報告されたものを参考に肢位を決定しました。

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図4:超音波ガイド下における尺骨神経(UN)スライディングテクニック 肘部管において尺骨神経を長軸像で描出し、疼痛のない範囲内でスライディングを誘導した。
(a) 肘関節屈曲位・前腕回外位における手関節屈曲。
(b) 肘関節屈曲位・前腕回外位における手関節伸展。
Kobayashi H, et al.: Cureus. 2025 Nov 1;17(11):e95903. より引用

上記の手技で、エコー上尺骨神経がどのように描出できるかを観察する。

動画3:スライディングテクニック中における尺骨神経の動的挙動
肘部管にて尺骨神経を描出した。手関節背屈時には尺骨神経は遠位方向へスライドし、掌屈時には近位方向へスライドする様子が確認される。

Kobayashi H, et al.: Cureus. 2025 Nov 1;17(11):e95903. より引用


② 肩・肩甲帯・体幹への介入

投球動作における肘外反ストレスは、
肘単独の問題ではありません。

  • 肩関節可動域
  • 肩甲帯の安定性
  • 体幹・下肢からのエネルギー伝達

これらが破綻すると、
結果的に肘内側への負担が増大する。

「肘を守るために、肘以外を診る」
これは投球障害全般に共通する重要な視点であります。

この辺りは過去のNoteを参考にしてください。


③ 投球再開時のマネジメント

  • 球数・強度の段階的調整
  • 症状再燃の兆候を選手と共有
  • 「しびれ」「違和感」を軽視しない

痛みが軽度であっても、
神経症状は再燃しやすく、慢性化すると復帰までに時間を要するため、
リスク管理もしっかりと行う。

代表増田の過去の記事も参考にしてください。


まとめ

尺骨神経障害を「見逃さない」ために

投球障害肘において、
肘内側痛を UCL だけで評価することには限界があると考えています

  • 症状の性質
  • 動作との関連
  • 動的な画像評価

これらを統合することで、
初めて尺骨神経障害という病態が浮かび上がる。

運動器超音波は、
そのための非常に強力なツールである。

尺骨神経障害は、
適切に評価し、適切に介入すれば保存療法でも十分に改善が期待できる

肘内側痛を前にしたとき、
「神経の視点」を一つ加えることが、
選手を長期離脱から救うことにつながるかもしれない。

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