投球動作における鼠径部痛の病態とアプローチ -Groin pain syndrome編-【トレーナーマニュアルvol.167】

投球動作における鼠径部痛の病態とアプローチ -Groin pain syndrome編-【トレーナーマニュアルvol.167】

今回から、トレーナーマニュアルにて定期的にnoteを投稿させていただくことになりました。
C-I Baseball サポートメンバーの 久我 友也 と申します。
私は整形外科クリニックで勤務しており、メディカルな視点でお話しさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

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本記事では
野球選手の投球動作中に発生する鼠径部痛について、その病態、評価、そしてアプローチ方法を数回にわたって詳しく解説していきます。

今回は、病理解剖に基づいて診断学的な評価について説明し、次回以降で実際の理学療法評価・治療方法についても取り上げます。

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はじめに

野球選手に多く見られる障害として、肩や肘の問題がよく知られていますが、腰部や下肢の痛みも一定数発生しています。
中でも、投球時に鼠径部の痛みを訴える選手に遭遇することがあります。

文献によれば、プロ野球選手の傷害発生にて、そのうち約43%が下肢、脊柱、または体幹に関連するものであることが明らかにされています【1】

さらに、メジャーリーグ(MLB)とマイナーリーグ(MiLB)で記録された33,623件の傷害のうち、約5.5%が股関節または鼠径部に関与していることが報告されています【2】

1. Posner M, Cameron KL, Wolf JM, Belmont PJ, Owens BD. Epidemiology of  Major League Baseball Injuries. Am J Sports Med. 2011;39(8):1675-1691.
2. Coleman SH, Mayer SW, Tyson JJ, Pollack KM, Curriero FC. The  Epidemiology of Hip and Groin Injuries in Professional Baseball Players. Am  J Orthop (Belle Mead, NJ). 2016;45(3):168-175.

適切な投球動作には、体幹を十分に回転させることが必要で、これが球速とコントロールを生み出します。

しかし、鼠径部の問題があると、痛みが動作に影響を及ぼし、パフォーマンス低下・競技の中断に至る可能性があります。
よって、正確な診断と効果的な予防・治療が極めて重要です。


鼠径部痛が発生しやすいフェーズ

1.コッキング期の軸足
2.フォロースルー期の踏み込み足

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鼠径部にかかるメカニカルストレスは、投球動作のフェーズによって異なります。
コッキング期の軸足 → 伸長ストレス
フォロースルー期  → 圧縮ストレス

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そのため、投球動作中に鼠径部痛が発生した場合でも、痛みが軸足にあるのか、踏み込み足にあるのかで原因が異なることになります。


痛みを引き起こす組織の特定
このようなアスリートの鼠径部痛を理解する上で重要なのは、痛みを引き起こしている組織を特定することです。

コッキング期には
鼠径部のどの組織が伸長ストレスに晒されているのか

フォロースルー期には
どの組織が圧縮ストレスに晒されているのか

を見極めることが必要です。

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しかし鼠径部痛は、他のアスリートにも一般的に見られる問題であり、疼痛を訴える部位が幅広く、多くの解剖学的構造が痛みの原因となる可能性があるため、病態の判別は非常に難解です。

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今回は「鼠径部痛症候群 : groin pain syndrome」という観点から投球動作における鼠径部痛に迫っていきたいと思います。

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鼠径部痛症候群とは何か

鼠径部痛症候群の定義

「運動時に鼠径部周辺に痛みを引き起こす状態」を指し、明らかな器質的病変がない場合に、運動療法などの保存療法で改善しうるものと定義されています。

仁賀 定雄. 鼠径部痛症候群 その概念とリハビリテーション・予防. Sports  medicine. 2014.

鼠径部痛症候群の特徴

以下のような症状を示します。
・鼠径部・内転筋・会陰部に放散する緩徐で局所性の乏しい疼痛
・運動によって誘発され、安静後に症状が改善
・激しい活動を再開すれば、症状が再発

疼痛を訴えてくる部位は
・内転筋付着部
・恥骨部
・下腹部
・鼠径靭帯周囲
・大腿直筋付着部
・会陰部 など広範囲にわたります。

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日本では
「鼠径部痛症候群 : groin pain syndrome」
という用語が使用されていますが
国際的には
「アスリートの鼠径部痛 : groin pain in athlete」
という用語が推奨されています。
これは2014年に行われたDoha agreement meeting(詳細は後に解説)で整理されています。

本シリーズでは、用語を統一するため
「鼠径部痛症候群」で解説していきますが
国際的に提言されている用語があるという背景は理解しておく必要があります。

今回は「鼠径部痛症候群」について
国際的に用いられている診断学的な内容に基づいてを解説していきます。

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Weir A, Brukner P, Delahunt E, et al. Doha agreement meeting on  terminology and definitions in groin pain in athletes. Br J Sports Med.  2015;49(12):768.

ここから先は有料部分です


Doha Agreement Meetingと鼠径部痛


Doha Agreement Meeting
2014年にカタールのドーハで開催され、アスリートに多く見られる鼠径部痛に関する診断と治療の統一基準を策定するために行われました。

鼠径部痛の分類方法

会議では、鼠径部痛の原因を以下の3つの主要なカテゴリに分類しました。
これを「Doha Agreement Meeting Classification System」といいます。

① 定義された鼠径部痛の臨床像
内転筋関連 : adductor-related
鼠径部関連: inguinal-related
恥骨部関連: pubic-related
腸腰筋関連 : iliopsoas-related

② 股関節関連の痛み : hip-related  pain
FAI(femoroacetabular impingement)
関節唇損傷などの股関節関連の症状

③ その他の原因による鼠径部痛 : Other causes of groin pain
整形外科的、神経学的、リウマチ学的、泌尿器学的、消化器学的、腫瘍学的、外科的な原因

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関節外と関節内の問題の区別

関節外の軟部組織に起因するのか
関節内の問題なのかを区別することが重要です。

メカニカルストレスから考えると
軸足では関節外の軟部組織由来の痛みが多く、
踏み込み足では股関節関連の痛みが多いと考えられます。

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Doha Agreement Meeting Classification System

Doha Agreement Meeting Classification Systemsは、特に関節外組織を正確に分類する評価方法として有用です。
上記で挙げた3つの分類の中で、関節外組織による原因は次のように整理されています。

① 定義された鼠径部痛の臨床像
内転筋関連 : adductor-related
鼠径部関連: inguinal-related
恥骨部関連: pubic-related
腸腰筋関連 : iliopsoas-related

これらの病態は以下のように報告されています。

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これらの病態は、伸張ストレスという点において同様のメカニカルストレスで症状を引き起こすと考えられます。

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一般的に、鼠径部痛症候群の保存的治療においては、マッサージやストレッチよりも、運動療法などのトレーニングが重要という報告が多いです。

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特に、
体幹・股関節の可動域(ROM)
内転筋の筋力
下肢・体幹の安定性や協調性が重要と言われています。

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しかし、病態が異なれば治療方針も異なるため、機能的な評価や治療に入る前に、これらを区別することが非常に重要です。

Doha Agreement Meeting Classification Systemでは身体所見(圧痛や抵抗運動時痛など)で分類する方法が採用されています。

今回は、このシステムに基づいた身体所見の取り方を解説させていただきます。

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各疾患ごとの詳細な解説や、機能評価・治療については、次回以降のnoteで紹介させていただければと思います。

まずは
疼痛部位が広範囲にわたり
多くの解剖学的構造が関与する
複雑なアスリートの鼠径部痛
を身体所見による簡便な分類方法で全体像を把握していきましょう。


身体所見

内転筋関連

● 内転筋の圧痛(長内転筋、薄筋/短内転筋)
● 内転筋の抵抗運動時痛

https://youtube.com/watch?v=V-nAiKQ06no%3Frel%3D0
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鼠径部関連

● 鼠径部の圧痛(浅鼠径輪、鼠径管、深鼠径輪)
● 腹筋の抵抗運動時痛(バルサルバ/くしゃみ/咳で増強)
● 疼痛部位が鼠径管

*圧痛所見の動画で
 恥骨結合寄りを 深鼠径輪
 腸骨寄りを 浅鼠径輪 と言っていますが
 逆でした。

https://youtube.com/watch?v=TXgVmpAh9kE%3Frel%3D0
https://youtube.com/watch?v=Pa-AlyxATPI%3Frel%3D0
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恥骨関連

● 恥骨結節・恥骨結合の圧痛

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腸腰筋関連

● 腸腰筋の
 圧痛(大腿骨頭の前方)
 伸張時痛
 抵抗運動時痛

https://youtube.com/watch?v=ta1SB_V5qD4%3Frel%3D0

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おわりに

今回は、投球動作時の鼠径部痛について、Doha Agreement Meetingでの内容をもとに関節外組織に関連した内容を解説させていただきました。まずは、判別しづらい鼠径部痛を大まかにどの組織が関連しているかを分け、その後に細かい機能評価・治療に進んでいくことが重要です。

次回以降では、以下の詳細な評価や治療について紹介していきます。

  1. 内転筋+恥骨部関連
  2. 鼠径部関連(鼠径靭帯の周囲組織)
  3. 腸腰筋+その他の筋

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

■ライタープロフィール

Writer|久我 友也
理学療法士
X:https://x.com/tomokiyo0903

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