医療機関から野球現場へ向かう理学療法士が知っておくべきこと-臨床と現場のギャップ‐【トレーナーマニュアルvol.209】

医療機関から野球現場へ向かう理学療法士が知っておくべきこと-臨床と現場のギャップ‐【トレーナーマニュアルvol.209】

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今回のnoteでは、私が医療機関から野球現場に出たときに感じたギャップや苦労した経験を中心にお伝えしていきます。
これから野球現場に関わっていきたいと考えている理学療法士の方、またはすでに医療機関で選手を診ているものの、現場での経験が少ない方へぜひ読んで頂き内容です。

■はじめに


私は、専門学校卒業後、都内の整形外科クリニックに就職しました。 当時、都内では有名なクリニックであり、1日の来院数も非常に多く、技術力の高さでも理学療法士界隈で注目されていました。私も「臨床力・技術力を磨きたい」と思い、入職を決めました。

日々の臨床の中では、スポーツ選手を担当することも多く、特に野球選手の怪我に触れる機会がありました。しかし、私が関わる選手たちは、すでに状態が悪化していたり、翌日の試合に出るのは難しいような状態であることがほとんどでした。

「ここまで悪くなる前に、もっとできることがあったのではないか?」そんな思いが出てきました。
私には野球をしている弟たちがいて、彼らも同様に怪我をする可能性があります。彼らが怪我をせずに野球を思う存分やってほしいと思い、4年間勤めた整形外科を辞めて野球現場に出ることを決意しました。縁あって理学療法士5年目からは「大学野球部のトレーナー」として勤務することになりました。

■野球現場に出た感じたギャップ


整形外科クリニック時代の4年間では、小学生から大学生までの野球選手の投球障害や腰痛、膝・股関節の痛み、捻挫など、さまざまな症状に対応してきました。
特に投球障害肩、肘については症例も多く経験し様々な勉強会へ参加、著名な先生の臨床見学に研修を自分のできる限りの勉強を積んでいました。
投球障害なら診れる、治せると自信満々で出た、大学野球現場でしたが、その自信は早々に崩れ落ちました。
いざ大学野球の現場に出てみると、そこには医療機関とは全く異なる”文化”や”スピード感”が存在していました。グラウンド内で評価、外傷への対応すぐに状態を見極め、プレーを継続できるかどうかを即座に判断しなければならない。何十人もの選手を一度にトレーニング。医療機関では経験しなかったことがたくさんありました。
そして、
経験が少ないトレーナーは指導者の方や選手からの信頼も薄いです。なにも期待されず、頼られずの1年は苦しかった記憶が強いです。
念願の野球現場での仕事を素直に楽しめず、ただ1日が終わっていく感覚がありました。

ここからは、私が1年間苦しんだ理由をお伝えしていきます。

■選手や指導者とのコミュニケーション

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現場に出て、最初につまずいたのが「選手や指導者とのコミュニケーション」でした。

クリニックでは基本的に1対1のやり取りで、選手は治療を受けに来ている患者さんで信頼関係も比較的築きやすい環境でした。

しかし、野球現場では状況が大きく異なります。

チームに入ってすぐのころは、”知らないトレーナー”がいる。という目で見られていました。選手も私になにを伝えるべきなのか、どんなことができるトレーナーなのかわからなかったと思います。
選手からも話かけられず、自分から話にいっても反応が薄い状況でした。
今考えれば、知らないトレーナーに急に「今の肩の状況どう?どのあたりが痛い?」と聞かれても急になんだ・・・と思いますよね。


指導者の方とのコミュニケーションも苦労しました。
監督やコーチはチーム全体を見ながら「試合でどの選手を起用するか」という視点で動いていて、医学的な理屈だけでは納得してもらえない場面も多々あります。

私が現場に入って間もない頃、ある選手の肩の状態を見て「今日はスローイングを控えた方がいい」と判断し、そのままコーチに伝えました。しかし、選手は試合に出たく無理ありキャッチボールやノックに入っていました。
当然コーチからは「使えないのか?今日投げないって聞いてたけど?、でもノックできているよね?」と不信感を与えてしまったのです。

その時に痛感したのは、医学的な判断と現場の判断にはギャップがあるということ。そして、それを埋めるのが“コミュニケーション力”だということです。

指導者の目線(練習計画、チーム事情)
選手の目線(試合への想い、プレーを続けたい気持ち)
トレーナーの目線(安全性、再発予防)

この3者の視点を整理したうえで、「どう伝えるか」「誰とどのタイミングで共有するか」が非常に重要になります。

報連相をこまめに行うこと。 現場の空気を読むこと。 指導者の意図を理解する努力をすること。 そして、選手の声をしっかり聞き取ること。

これらを一つずつ積み重ねることで、ようやく信頼を得られるようになり、「あいつの言うことなら聞こう」と思ってもらえるようになりました。

コミュニケーションは技術です。現場では、医学知識と同じくらい、もしかするとそれ以上に「信頼される話し方・立ち振る舞い」が重要になるのだと、強く実感しています。


■タイムスケジュール

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現場に出てまず感じたのは、1日の流れや“時間の使い方”が、病院勤務時代とまったく違うということでした。

整形外科クリニックに勤めていた頃の1日は、以下のようなタイムスケジュールでした。

〈整形外科クリニック〉

8:00 出勤
9:30〜13:30 午前リハビリ業務
13:30〜15:30 休憩
15:30〜19:30 午後リハビリ業務
19:30以降 カルテ記入、勉強会、技術練習など
22:00前後 帰宅

1日に20〜40分のリハビリをじっくりと1人の患者さんに提供できる環境で、業務後は自分の技術力を高める時間にも充てていました。

一方、野球現場では時間の流れがまるで違いました。

〈大学野球部〉

5:00前 起床(自宅からグラウンドまで1時間以上)
6:30 現場入り
7:00〜9:30 朝練対応
9:30〜11:00 上級生の自主トレーニングサポート
11:00〜14:00 上級生のケア対応
14:00〜15:00 休憩
15:00〜18:00 下級生トレーニング、練習対応
18:00〜20:00 下級生ケア
20:00頃 帰宅

勤務時間だけを見れば、整形外科時代と大きく変わったわけではありません。
ただ、“生活リズムが大きく変化した”ということが身体的にかなりキツかった。正直、最初の数ヶ月は身体が全然ついていきませんでした。

さらに、1日を通して選手対応が何回転もあるため、同じトレーニングメニューを1日3回繰り返すこともありました。コロナ禍では少人数制だったため、同じ内容を午前・午後・夕方に分けて3回行うことが通例で、その度に同じ熱量を保ちながら指導する必要がありました。

こうした“繰り返し”もまた、医療機関時代にはなかった負荷のひとつです。

そしてもう一つ大きかったのが、“1人にかけられる時間の違い”です。

クリニックでは、1人の患者さんに20〜40分、しっかり時間をかけて対応することができました。しかし野球現場ではそうはいきません。
練習前後のわずかな時間に、選手が立て続けに来る。
ベッドでは20分以内、それも待たせてしまえば次の選手に対応できなくなる。
グラウンド上での状態確認や判断は、数分以内に決断しなければいけないこともあります。

つまり、野球現場では「瞬時に状態を見抜き、適切な対応を取る」ことが求められる環境です。

私自身、肩や肘の障害に関しては、クリニック時代からそれなりの自信を持っていました。
でも、現場ではその技術をフルに活かす「時間」すらない場面が多い。
そんなときに試されるのは、対応の引き出しの多さです。

徒手だけに頼るのではなく、エクササイズ、テーピング、物理療法
時間が限られていても、今この瞬間に選手のために“何をすべきか”を選び抜く判断力と準備力が必要だと痛感しました。

特にエクササイズや物理療法の知識は野球現場では”必ず必要”になります!

■リハビリ・トレーニングの強度差

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